規制を強化すれば、社会問題は解決するー。そう考えたくなる場面は少なくない。しかし、現実はそれほど単純ではない。
ゲーム障害やアルコール依存、たばこ対策など、アディクション(依存症)をめぐる政策では、健康への影響だけでなく、人々の生活や社会との関わりも踏まえた制度設計が求められる。科学的根拠に基づきながらも、現実に機能する政策をどう実現するのか。その難しさが、依存症対策には凝縮されている。
東京都医学総合研究所・依存性物質プロジェクトの井手聡一郎副参事研究員は、ゲームに依存していたとしても、「取り上げたり、完全にやめるというのは実は良くないケースがある」と語る。重要なのは、特定の対象を規制することではなく、人がなぜ依存するのかを理解し、その知見を政策へどう生かすかだ。
1時間以上にわたるインタビューのエッセンスを2回に分けてお送りする。
公益財団法人 東京都医学総合研究所・依存性物質プロジェクト副参事研究員 井手聡一郎
薬理学・神経科学の専門家。京都大学薬学部卒業後、同大学院薬学研究科博士課程修了。広島国際大学、北海道大学大学院薬学研究院を経て、東京都医学総合研究所依存性薬物プロジェクト主席研究員を務め、2021年より同研究所依存性物質プロジェクト副参事研究員。痛みや依存症、ストレスの神経メカニズムやオピオイドに関する研究に取り組んでいる。
「脳内メカニズム」だけでは、依存は説明できない
一般社団法人グローバル政策研究機構 代表理事 黒田岳士 (以下 黒田) 昨年は私ども(一般社団法人グローバル政策研究機構)が企画した「エビデンスを活かした健康づくり政策研究会」にご参加いただき、ありがとうございました。先生には依存症研究の立場から、大変示唆に富むご提言をいただきました。
改めて先生のご専門について、特にアディクション研究にどのように取り組まれてきたのかという点も含めて、お話しいただければと思います。
東京都医学総合研究所・井手聡一郎 (以下 井手) 私は薬物依存を中心に、行動嗜癖も含めたアディクション全般について、神経科学の立場から基礎研究を行っています。依存形成や報酬、モチベーション、再発など、依存に関わる脳内メカニズムを研究しています。
ただ、研究を続ける中で感じるようになったのは、アディクションは脳の中のメカニズムだけでは説明できない部分があるということです。社会環境や孤立、生きていく上での社会との関わり方、支援体制、さらには政策や制度など、さまざまな要素が深く関わっています。
そのため現在は、基礎研究に加え、依存の問題に関する研究成果を政策や社会実装につなげることにも関心を持って活動しています。
黒田) 先生は研究会でもゲーム障害についてお話しくださいました。依存症には、たばこやアルコールなどさまざまなものがありますが、ゲーム障害は比較的新しいテーマとして注目されています。そこで今回は、このゲーム障害について少し詳しくお話を伺えればと思います。まず、ゲーム障害とはどのような状態を指すのでしょうか。
井手) 現在、WHO(世界保健機関)は国際疾病分類(ICD-11)の中で、「ゲーム障害(Gaming Disorder)」を精神疾患の一つとして位置付けています。それをきっかけに、近年、ゲーム障害という言葉が注目されるようになりました。
ゲーム障害と聞くと、「小学生や中学生が長時間ゲームをしていることが問題なのではないか」というイメージを持たれがちですが、そこが本質ではありません。ゲームをすること自体が悪いわけではなく、ゲームをする行動のコントロールが難しくなったり、学生であれば勉強、社会人であれば仕事よりもゲームを優先するようになったりして、その結果として生活への悪影響が続く状態がゲーム障害です。
重要なのは、単に長時間ゲームをしているかどうかではなく、結局は他のこととの兼ね合いです。生活や学業、仕事、家庭環境や友人関係、睡眠、食事などとのバランスが取れているかどうかが最も重要であり、そうしたバランスが崩れ、日常生活に支障が生じている状態がゲーム障害と考えられています。
黒田) 一方で、人は誰でも何かに夢中になるものです。ゲームに熱中すること自体を、悪いことと考える必要はないのでしょうか。
井手) そうですね。人は何かを習慣化したり、夢中になったりする性質があります。例えば、昔のパソコンに入っていたソリティアやマインスイーパーを、つい立ち上げて遊んでしまった経験がある方も多いのではないでしょうか。記録を更新すること自体が満足感につながる、そうした側面は誰にでもあると思います。
ただ、それだけでゲーム障害になるわけではありません。空いた時間に楽しむ程度であれば問題ありませんが、それによって生活に支障が生じるようになれば、ゲーム障害として考える必要があります。
一方で、ハマること自体は決して悪いことではありません。最近ではeスポーツのように、ゲームを仕事にしている人もいますし、ゲームに限らず、読書や仕事、あるいは「推し活」など、何かに夢中になることが人生のモチベーションになることもあります。
だからこそ重要なのは、その境界線です。何でも一律に抑制するのではなく、過度な抑制にならないように考えていく必要もあるのではないかと思っています。
「ゲームを取り上げれば解決する」というものではない
黒田) ゲーム障害というと、「ゲームをやめさせればよい」「時間を制限すればよい」と考えがちです。しかし、それだけでは現実的な解決策にはならないようにも感じます。
井手) そのとおりだと思います。一律にゲームを取り上げたり、完全にやめさせたりするだけでは、必ずしも本質的な解決にはつながりません。重要なのは、ゲームとの程よい距離の付き合い方を見つけることです。
ゲーム依存というと、「一日何時間までなら大丈夫なのか」という時間ばかりが注目されます。実際、ゲーム時間を条例で定めた自治体もありましたが、私が調べた限りでは、あの時間設定には具体的なエビデンスがあったわけではありません。もちろん、社会に問題提起をしたという意味では意義があったと思いますが、ゲーム時間の数値まで示したことについては、疑問があります。
例えば、同じ2時間でも、友達と遊ぶ時間なのか、それとも夜遅くまで睡眠時間を削ってゲームをしているのかでは、生活への影響は異なります。大切なのは、睡眠や学業、仕事など、ほかの生活とのバランスが取れているかどうかです。
だからこそ、例えばまず家庭の中で、子どもと保護者が一緒にルールを作り、お互いが納得した上でゲームとの付き合い方を決めていくといったことが大切だと思っています。
黒田) つまり、一口にゲームといっても、どんなゲームなのか、そしてその人がゲームとどのように関わっているのかによって、状況は大きく異なるということですね。
井手) まさにそこが重要です。ゲームによって特徴はさまざまで、課金要素が強いものもあれば、ランキング機能があるもの、ゲーム内でコミュニティが形成されるものもあります。ランキングで上位を目指すことがモチベーションになる人もいますし、ゲームの中で築いた人間関係があるために、やめたくてもやめられない人もいます。
一方で、そのオンライン上のつながりを一概に悪いものと考えることもできません。現実の社会では居場所を見つけられなかった人が、ゲームを通じて仲間と出会い、自分の居場所を見つけられることもあります。
もし、その人にとってオンラインの世界だけが居場所になっているのであれば、本当に必要なのはゲームを取り上げることではなく、現実の社会にも安心して過ごせる居場所をつくることかもしれません。そうした環境が整うことで、結果としてゲームとの付き合い方も変わっていく可能性があります。
つまり、ゲームだけを見ても問題は解決しません。その人がゲームの何に惹かれ、どのような背景があるのかまで含めて考えることが大切なのです。
科学、社会、政策をつなぐ循環
黒田) ここまでゲーム障害について伺ってきましたが、お話を聞いていると、対策を考える上で、科学的な知見は欠かせない一方、まだ解明されていないことも数多くあるように感じます。
だからといって、すべてが明らかになるまで政策を待つこともできません。一方で、十分な根拠がないまま対策を進めれば、思わぬ副作用を生む可能性もあります。
こうした新しい課題に対して、科学と政策はどのような関係にあるべきなのでしょうか。
井手) ゲーム障害についていうと、ゲームが広く普及したのはここ30年ほどで、特にスマートフォンが普及してからは10年程度です。そのため、ゲームやスマートフォンの利用が30年後、50年後に身体や精神へどのような影響を及ぼすのかは、まだ誰にも分かりません。これから調べていかなければならないことは数多くあります。
また、依存症そのものについても、まだ十分に解明されていません。例えば、高血圧であれば血圧の数値という客観的な指標(バイオマーカー)がありますが、依存症には、そうした分かりやすい指標がまだありません。現在は、診察と国際的な診断基準に基づき、必要に応じて質問票なども用いて診断します。将来的に有用なバイオマーカーが見つかれば、診断の補助や重症度評価、治療反応の予測などに役立つ可能性があります。バイオマーカーといっても、血液中の物質だけではなく、脳の活動や特定の行動など、さまざまな可能性があります。そうした指標を見つけるための基礎研究が、今まさに進められています。
ただ、ゲーム障害の研究には特有の難しさもあります。薬物依存であれば動物を使って研究できますが、マウスはゲームもスマートフォンも使えません。そのため、人で起きている現象をそのまま動物で再現することはできません。
そこで、人で起きている現象を、衝動性や報酬の予測性、社会的孤立など、動物でも研究できる要素に切り分けながら基礎研究を進めています。人で何が問題になっているのかを基礎研究に取り込み、そこで得られた知見を再び人の研究へとつなげていく。そうした循環が重要だと考えています。
そして研究で得られた知見を社会の中でどう生かしていくかという視点も欠かせません。実際にどのような対策や仕組みを導入したとしても、それが本当に有効だったのかをきちんと評価し、有効であればさらに発展させる、有効でなければ何が課題だったのかを検証して次に生かしていく。そうした評価の仕組みがまだ十分ではないと思っています。
黒田) ゲーム障害をめぐる議論から見えてきたのは、「規制するか、しないか」という単純な二項対立ではなく、科学的な知見を積み重ね、その結果を客観的に評価しながら、現実社会で機能する仕組みを考えていくことの重要性でした。
後編では、たばこやアルコール、広告規制なども例に、科学的な知見と現実の政策をどのようにつないでいくべきかについて、さらに詳しく伺います。(後編に続く)

聞き手 黒田岳士・グローバル政策研究機構 代表理事