世の中には、食と健康について根拠が曖昧な情報が氾濫している。「必要なことは、国民が自分で判断できるだけの客観的で確度の高い情報です」と話すのは、30年以上、がん予防の疫学研究を最前線で取り組んできた津金昌一郎教授。
近年は「食と健康」をテーマに健康寿命をトータルで延ばすためのエビデンスづくりと情報発信に取り組んでいる。予防は治療とは違い「やったから防げた」ことを本人が確認できない。だからこそ、国民が自分で判断できる確度が高いエビデンスが必要と訴える。
1時間以上にわたるインタビューのエッセンスを2回に分けてお送りする。
国際医療福祉大大学院教授 津金昌一郎
公衆衛生学・疫学の専門家。1955年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に入所。がん予防・検診研究センター長、社会と健康研究センター長などを歴任し、2020年から国立健康・栄養研究所長を併任、2021年より専任。2023年より国際医療福祉大学大学院医学研究科医学専攻・公衆衛生学専攻教授、2025年より同大学院「食・栄養と健康」社会連携講座教授を兼務。
氾濫する食と健康情報
リスクはゼロにできない~定量的なリスク評価が必要
一般社団法人グローバル政策研究機構 代表理事 黒田岳士 (以下 黒田) 昨年は私ども(一般社団法人グローバル政策研究機構)が企画した「エビデンスを活かした健康づくり政策研究会」にご参加いただきありがとうございました。この研究会では、健康寿命を延ばし健康格差を縮小しようという国の健康づくり政策について、エビデンスを基に、より効果的で実行しやすいものにしていこうという観点からご議論いただきました。その議論を基に、健康づくりに向けた目標設定のあり方や、政策体系のあり方等を見直すべきといった提言を取りまとめることができました。
こうした取り組みは、現在、津金先生が「食・栄養と健康」社会連携講座で目指されている「日本の食文化と健康課題に向き合いながら、科学的根拠に基づいた知見を社会に届けること」に、まさに合致していると自分なりに理解していますが、いかがでしょうか。
国際医療福祉大大学院教授 津金昌一郎 (以下 津金) 健康を維持するための予防は、治療と違って「やったから防げた」「やらなかったから起きた」といったことを、本人がはっきり確認できないことがほとんどです。
だからこそ、予防のために何かを勧めるのであれば、「それをやる値打ちがあるのか」「本当に確率としてリスクが下がるのか」を、できるだけ確度の高いエビデンスで示す必要があります。もし、やっても予防効果がほとんどない、あるいは別の病気のリスクを上げてしまうようなことが起きたら、それは最悪です。
その中で、食べ物と健康の領域は情報が多すぎて、「これを食べれば健康になる」「これは危ない」といった根拠が曖昧な話が世の中にあふれています。
他方、食は病気予防の手段である以前に、人生のクオリティーライフ(QOL、生活の質)そのものです。病気を予防するからといって、嫌いなものを無理に食べさせられたり、高価なものを「体にいいから」と押し付けられたりするのは、私は嫌ですね。
黒田) 私は好き嫌いが多いまま大人になってしまいました...
津金) 「自分で好きなもの、美味しいものを食べたい」そのためには、国民が自分で判断できるだけの、客観的で確度の高い情報が必要だと考えています。
ここで大事なことは、リスクはゼロにできない、という点です。例えば放射線も、できるならゼロにしたいが、現実にはゼロにはできません。レントゲン検査やCTも含め、リスクはゼロではない一方、得られるメリットもあります。だからこそ、メリットとデメリットを、できるだけ定量的に評価して考えることが重要になります。
食についても同じで、「悪いと言われるものは一切食べない」「良いと言われるものは大量に食べる」「たくさん食べられないならサプリにより大量に取ればいい」というような話ではおそらくありません。むしろ、量や摂り方によっては期待した効果が得られないだけでなく、別のリスクが生じる可能性もある。
ゆえに食と健康に関しては、根拠に基づいた情報をきちんと整理して国民に提供し、国民がその情報をもとに自分で判断できるようにする――その基盤づくりがいま最も重要だと考えています。
黒田) 「日本の食文化と健康課題に向き合う」とは、具体的にどういうことなのでしょうか。
津金) 今、世界的に食が非常に悪くなってしまっています。ジャンクなフードを食べて砂糖入りの飲料を大量に飲んでいる。特に、安価であることもあり貧困層がそういった食べ物を食べて太り、早死にし、大きな格差も生じています。これに対して、世界的に「健康的な食」を普及しようという動きがあります。
健康面に加えて、持続可能性の問題もあります。気候変動が高じて食糧難が将来起こり得るかもしれない。
持続可能で健康的な食を全ての人類が食べていかないと生存できない、そういう危機感が背景になっています。
特に欧米社会は、緑茶にも砂糖を入れて飲んでいるぐらい肥満だらけです。他方、日本はOECD加盟国の中でも最も肥満割合が少ないです。
黒田) やはり日本の食が一番健康にいいのですね。
津金) 日本の食は健康にいいイメージがありますが、残念ながらそのエビデンスが十分ではないのです。和食はユネスコ無形文化遺産に登録されるなど文化の象徴として評価されていますが、エビデンスで持って健康的だと訴求できる段階ではありません。地中海食などは世界中の研究者が研究していて、健康にいいというエビデンスがたくさんあリます。日本の食もエビデンスに基づいて何が日本人を健康にしているのかを明らかにしていかなければなりません。
日本の食は確かに脂肪や砂糖は少ないですが、世界標準でみればいいことばかりではありません。例えば、食塩は多い。ナトリウムの量をWHOの基準(食塩として一日5g未満)に合わせようとすると、醤油とか味噌を全部やめないと達成できない。野菜は多いけれど、果物が少なく、カルシウム不足といった特有の問題もあります。日本の食にも課題はあるのです。こうした課題の改善も目指しています。
黒田) 私は醤油抜きの食生活など考えられません。つまり、このままでは永久にWHOの基準をクリアできない。私にも無理なく実践できる食のあり方をぜひ研究していただきたいと思います。
高齢者はがんで死ぬのも悪くない?
年齢階層別に見ると死因の構造は大きく異なる
黒田) 昨年の研究会では「高齢者はがんで死ぬのも悪くない」という議論がすごく印象的でした。ここだけ切り取られると炎上しそうで研究会の報告書では触れられませんでした。本日はその議論の上手な再現に挑戦したいと思います。
まずは基本的なところから伺いますが、日本人は実際、主に何が原因で亡くなっているのでしょうか。
津金) 2016年の人口動態調査によると、最大の死因はがんで亡くなる人が29%、2番目は心疾患の15%。次いで、肺炎9%、脳血管疾患8%と続きます。
ただ、ここで重要なことは、年代別に見ると死因の構造がかなり変わるという点です。
例えば、20-39歳では死因のトップは自殺で、20代では5割を占めます。40代からはがんが死因の1位になり、60代では半数近くになります。70歳未満に限って見ると、がんが占める割合は非常に大きく、男性は3分の1、女性は5割ががんです。
つまり、働き盛りの年代では、がんは「最大の死因」であり、ここを食い止めなければいけない、ということになります。
一方で、高齢になると話は変わってきます。年齢が上がるほど、がん以外のさまざまな病気で亡くなる人も増えていきます。ですから「死因に占める割合」としてのがんは相対的に下がっていき、例えば100歳を超えるとがんで亡くなる人は5%という数字になります。
結論としては、働き盛りではがん対策の優先度が非常に高い一方で、高齢になればなるほどがんだけに絞らず、他の病気も含めて全体として捉える必要がある、ということですね。

死因や介護の原因は多岐にわたる
様々な病気のリスク全体を意識した予防が必要
黒田) 働き盛りの年代はがん対策が重要で、高齢期はがんだけでは語れないということですね。では、健康寿命を縮める原因はどんなものが多いのでしょうか。
津金) 健康寿命、つまり「介護が必要となった原因の病気」を2016年の国民生活基礎調査で見ると、認知症(18%)が一番多く、次が脳血管疾患(脳卒中、17%)、三番目がいわゆるフレイル(高齢による衰弱、13%)です。さらに骨折や転倒(12%)、関節疾患(10%)なども、介護が必要になる大きな原因になります。
特に、65歳未満では半分が脳卒中です。ですから、働き盛りでは「死亡原因」としてがん対策が重要である一方で、「生活機能を落とさない」「介護にならない」という意味では、脳卒中対策も非常に重要ということになります。
このように、死因や介護の原因は多岐にわたります。だから予防を考える時にはいろいろな病気を同時に考える必要があります。特定の病気のみを気にしてその予防に力を入れすぎると、他の病気になるリスクを高めてしまう、ということもあり得ます。
黒田) 専門家は自分の専門分野の予防策を強調しがちですが、これを鵜呑みにしないよう、もっと公衆衛生の先生方の意見に耳を傾けるべきなのですね。
最後の迎え方は、病気によって”経過”が違う
がんは最後まで自分らしく生きられる
黒田) 死因や介護の原因が多岐にわたる中で、高齢期にがんで亡くなることも「悪くない」ということは、具体的に他の病気とどんな点が違うのでしょうか。もちろん、病気にならないのが一番に違いありませんが。
津金) 最期の迎え方は、病気によって“経過”が違うのです。認知症の場合は、いったん進行してしまうと本人の判断力が落ちて、最後は自分で物事を決められなくなっていく。生活そのものが成り立たなくなり、介護が長く必要になることが多いのです。
心筋梗塞などで突然死する場合は、本人は苦しまないかもしれないけれど、家族からすると心の準備ができない。急にいなくなってしまうので、残された側が困ることがあるわけです。
それに対してがんはもちろんつらい病気ですし、診断されれば精神的にきつい面はあります。しかし、最期まで自分らしく過ごせることが多いです。例えば、女優さんががんで亡くなる1週間前までテレビに出演されていた、というような例もあります。
言い方は難しいのですが、残された時間の中で自分の頭がしっかりした状態でどう過ごすかを自らで選択ができ、“終活”ができる。後に残る人が困らないように準備もできる、という点が大きいと思います。
いろいろな最期の迎え方がある中の一つとして、こういう見方もあるのではないか、ということです。
黒田) 死因は選択できませんが、どんな病気を中心に予防するかは選択できますね。個人的には、年齢等を考慮すると、がんの予防よりも突然死後の迷惑予防や脳の血管強化を重視したいと思います。(後編に続く)

聞き手 黒田岳士・グローバル政策研究機構 代表理事