≪後編≫では引き続き、津金昌一郎教授に「生活習慣は健康リスクにどう関係しているのか」を中心にお話しを伺います。

世の中には、食と健康について根拠が曖昧な情報が氾濫している。「必要なことは、国民が自分で判断できるだけの客観的で確度の高い情報です」と話すのは、30年以上、がん予防の疫学研究を最前線で取り組んできた津金昌一郎教授。近年は「食と健康」をテーマに健康寿命をトータルで延ばすためのエビデンスづくりと情報発信に取り組んでいる。予防は治療とは違い「やったから防げた」ことを本人が確認できない。だからこそ、国民が自分で判断できる確度が高いエビデンスが必要と訴える。

1時間以上にわたるインタビューの後編をお送りする。(前編はこちら

 

国際医療福祉大大学院教授 津金昌一郎

公衆衛生学・疫学の専門家。1955年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)に入所。がん予防・検診研究センター長、社会と健康研究センター長などを歴任し、2020年から国立健康・栄養研究所長を併任、2021年より専任。2023年より国際医療福祉大学大学院医学研究科医学専攻・公衆衛生学専攻教授、2025年より同大学院「食・栄養と健康」社会連携講座教授を兼務。

 

悪玉コレステロールを下げればいいのか?

「病気別」と「全体」ではリスクが異なる

黒田) 特定健診でいわゆる悪玉(LDL)コレステロールの値が基準値(120mg/dl)を超え続けているのですが、脳の血管強化という観点からは、値が「低いほど良い」というわけではないのですよね。医師からは何度もコレステロールを下げる薬の飲用を勧められました。でも、スポーツを続ける上で「テストステロン」を減らしたくないので、その原料である悪玉コレステロールをそうまでして下げたくはないのですが、やはり下げるべきなのでしょうか。

津金)  まず「病気別」で見ると、確かに心血管疾患の原因としては、コレステロールが高いことは血圧に次いで大きいと言えます。

一方、全死因の死亡率で見ると、non-HDLコレステロール(総コレステロールからHDL〈善玉〉を差し引いた値、いわゆるLDL)が高い方が、むしろ死ににくいというエビデンスも示されています。心血管疾患という病気別の視点と、寿命全体という全体の視点で、エビデンスの見え方が変わり得る点に注意が必要です。

例えば、34カ国の112のコホート研究(特定集団の継続的な追跡調査)による大規模データで、10年間の心血管疾患発症への影響(寄与率)を見ると、non-HDLコレステロールは、男性で+16.6%、女性で+15.4%とされています。

ところが、同じデータで10年間の全死因死亡率への影響(寄与率)を見ると、non-HDLコレステロールは男性で-17.3%、女性で-11.2%と、むしろ死亡率を下げる方向の数値が示されています。

寿命に関しては、数値が高くてもあまり関係ありません。

一般に「悪玉コレステロール」と呼ばれるLDLに関連して、疫学研究ではnon‑HDLコレステロール(総コレステロール-HDL)が用いられます。LDLそのものではありませんが、動脈硬化に関係するコレステロールの総量を大まかに反映します。

 

黒田) 心血管疾患のリスクが高くなるということは、その分死亡率も上がりそうですが、その逆になるのはなぜですか。

津金) 心血管疾患は死因の一部に過ぎませんし、罹患したからといって全員が死亡するわけでもありません。また、悪玉コレステロール値が高い方がなりにくい病気もあり、その分は死亡率が相殺されます。だから、心血管疾患のリスクの上昇が、全体の死亡率を押し上げるわけではないのです。

 

スタチンを飲む前に

10年後のリスクを計算する

黒田) 逆に、どうしても心血管疾患に罹患したくなければ、薬を飲んででも血中コレステロールを下げた方がいいとは言えますか。

津金) 心血管疾患の発症率の高い米国では、例えば、一度も心血管疾患になっていない人、すなわち一次予防のために、スタチンを飲んで血中コレステロールを下げることを推奨していますが、これは様々なエビデンスから導いた一定の条件を満たす場合です。具体的には、4075歳で、脂質異常症、糖尿病、高血圧などのリスク因子を1つ以上持ち、かつ今後10年間における心血管疾患リスクが10%以上のハイリスクの人に対してです。一方で、10年間におけるリスクが7.510%の人は、ケースバイケースで自身の判断に任されます。76歳以上については、データが不十分という整理になっています。

黒田) 日本人についてはどのように考えればいいのですか。

津金) 日本人が心筋梗塞になる確率は、国立がん研究センターのウェブサイト(https://epi.ncc.go.jp/riskcheck/circulatory/)で確認することができます。実際に入力してみるとお分かりになると思いますが、日本人は欧米に比べて心筋梗塞などの虚血性心疾患への罹患が相対的に少なく、多くの人が「10年間におけるリスク10%」に届きません。心血管疾患となると脳卒中も含まれるのですが、欧米では脳卒中の多くが動脈硬化に起因する脳梗塞であり、心筋梗塞同様に、悪玉コレステロールが高いとリスクになります。日本ではこのタイプの割合が少なく、悪玉コレステロールが低いとリスクになる脳出血などの割合が高いという特徴があり、低い方が良いとは一概に言えないという特徴があります。

(※ 後日、黒田が本年2月の特定健診のデータ(血圧や悪玉コレステロールは基準値を大幅に上回っている)を入力してみたところ、心筋梗塞のリスクは4%弱にとどまりました。)

その理由として、魚をよく食べる日本人の食生活が考えられます。特に、イワシやサバなどの青身魚はEPADHAなどの不飽和脂肪酸が多く、これらの脂肪酸は血液をサラサラにして固まりにくくする働きがあることが知られています。

日本人については、薬を飲んで心血管疾患のリスクを下げられる人は少な、むしろ血中濃度が低い方のリスク、すなわち脳卒中などのリスクに気をつけた方がいいということです。脳卒中は65歳未満では介護の最大の原因になっています。コレステロールは、多過ぎると動脈硬化の原因になる一方、血管や神経、細胞膜を正常に保つための必須の脂質であり、少な過ぎると血管が破れやすくなったり、免疫力の低下やホルモンバランスの乱れを招いたりすると考えられています。

悪玉コレステロールを上昇させる飽和脂肪酸の摂取量が元々少ないアジアにおいては、むしろこれを多く取れば取るほど脳卒中のリスクが低いということがわかってきています。米国の心臓病学会ですら、心血管疾患リスクを低下させる観点から飽和脂肪酸摂取を制限することの見直しが提言されています。

黒田) 今の議論を踏まえると、私の場合はコレステロールの数値よりも体重や飲酒量のコントロールに力を入れたいと思います。

 

BMI25という呪縛

高齢期は『太らない』より『やせない』が重要

黒田) 体重のコントロールに関しては、昨年の政策提言では、「50歳以上のBMIBody Mass Index)目標値を27まで引き上げるべき」という提言が最も着目されました。身長170cmの方の体重で言えば、72.3kg78kgまで引き上げるということです。この提言を議論した研究会では「BMI22=最も疾病の少ない標準体重」という考え方について、ご意見をいただきました。

津金)  BMI22=標準体重」の根拠として用いられてきたのは、19911992年頃の比較的古いデータで、1つの断面研究(ある時点の状態を切り取って比べる研究)です。対象も人間ドック受診者約4,560人と限られ、評価指標も「死亡」や「要介護」といった健康寿命のアウトカムそのものではなく、高血圧、脂質異常、糖尿病、尿酸、貧血などの有病率を指標にしています。この指標が最も低いのがBMI 22だから、これを標準体重として固定化してきたことには、無理があると考えています。

20102011年に欧米とアジアで行われた19のコホート研究で、BMIと死亡リスクを解析した結果、欧米ではBMI25を超える人が男性では65%、女性では45%と多くを占め、BMIが高まるほど死亡リスクが大きく、肥満対策が重要であることが分かります。一方で、アジアではBMIが低い人のウェートが相対的に高くて、BMIが低い数値における死亡リスクの上がり方が大きく、「やせ対策」がより重要であることが示されています。

こうしたことを踏まえて、「日本人の食事摂取基準」において目標とするBMIの範囲の下限値は50歳以上になると少しずつ引き上げられています。

黒田) だから、上限値も25から27に引き上げるべきだと提言しました。27まで引き上げられないのは、日本では肥満の定義をBMI25にしてしまっていることの呪縛かもしれません。肥満を推奨することになってしまいますから。我々の提言を実現するには、まず肥満の定義から変えていただく必要がありますね。

津金) 国際基準では、BMI30以上が肥満です。BMI30以上の肥満は死亡やさまざまな疾患リスクを高めやすく、これは明確に避けるべきです。

ただし、2015年頃のデータではありますが、OECD各国のBMI30以上の肥満の割合を比較すると、米国は38.2%と最も多いのに対し、日本は3.7%と一番少ない。

日本で問題になるのは、むしろ若い女性や高齢者を中心とした「やせ」、そして高齢期の「体重減少」です。高齢になると体重が落ちることは、筋肉量低下やフレイル(虚弱)につながりやすく、転倒・骨折、要介護のリスクを高めて、結果として健康寿命を縮めやすい。ですから高齢期は、「太らない」こと以上に「やせない」ことが重要になります。私自身も最近は常にやせないことを心がけていますよ。政府も「やせ対策」にもっと力を入れるべきです。

 

同時の飲酒と喫煙は発がんリスクを高める

黒田) 昨年の政策提言において、喫煙については、津金先生のご意見を踏まえて「望まない受動喫煙のない社会の実現」という表現に対して、敢えて「望まない」という限定的な表現を用いる必要はない、という意見とともに、受動喫煙対策を強化すべきだと主張しました。

津金) 喫煙についてはやめたい人がやめる、というよりは、本当はゼロにすればいいと思います。ただし、これはそういうリスク評価を踏まえた上で、リスク管理として利害関係を考慮しながら社会全体がどういう目標値にするか、という議論になっていますね。喫煙は、基本的には本人のリスクの問題なのですが、受動喫煙については、他者に危害を与える行為であり、公の場では「公害」として扱われるべきものです。「望まない受動喫煙」という言い方は完全に間違いであり、政策としては、ゼロにすべきもので、誰一人取り残してはいけないものです。

黒田) 飲酒のコントロールの仕方についても、津金先生のご意見を基に、1日当たりだけではなく、週当たりの摂取目標値も併用すべきだと提言させていただきました。

津金) 飲酒の目標値は、アルコールという化学物質を摂取するという観点からはゼロの方がいいのかもしれないけれど、飲酒という行為のプラス効果を考えると、ある程度の量は許容してもいいと考えています。実際、コホート研究からは、飲酒頻度や飲酒量よりも、それらを組み合わせた週当たりの摂取量が最も健康リスクと関連し、休肝日を設けながら適量を飲む人たちが最も長生きであることが示されています。なお、お酒とたばこの煙を同時に摂取すると、アルコールを解毒しようとする酵素がたばこの煙の中の発がん性物質を活性化させるため、発がんリスクが高まりますよ。

 

国民が判断できるエビデンスづくりへ

省庁の縦割り廃し、予算措置を

黒田) ここまでのお話を通じて、「エビデンスを社会につなぐ橋渡しの役割を果たす」という津金先生の使命感を非常に強く感じました。

最後に、国民が判断できるエビデンスづくり、その基盤づくりを進めていく上で、どのような課題があるのか、津金先生のお考えをお聞かせください。

津金)  課題は大きく分けて三つあります。

第一に、予防のエビデンスは作りにくいという点です。治療のようにランダム化比較試験で明確に検証できないことも多く、長期の追跡が必要になります。しかも健康寿命を縮める要因はがんだけではなく、脳卒中、認知症、フレイル、骨折など多様です。ある介入が一つの病気には良くても、別の病気のリスクを上げる可能性もある。だから本当は「病気別」だけではなく、「全体」としての影響を見なければいけないのですが、そこまで含めた評価を設計するのは簡単ではありません。

第二に、食と栄養の分野は日本の研究基盤が相対的に弱く、国際的なエビデンスに遅れがあることです。地中海食は欧米で研究の蓄積が多い一方で、日本食は健康的なイメージはあっても、それを科学として説明できるだけのデータが十分とは言えません。にもかかわらず、欧米の基準やエビデンスがそのまま日本に持ち込まれやすい。日本は肥満が少ない一方で、若い女性や高齢者の「やせ」が問題になるなど、前提条件が違います。だから日本人のデータに基づく研究を積み上げ、何が日本人の健康寿命を伸ばすのかを明らかにする必要があります。

第三に、政策の現場の課題として、縦割りの壁があります。食は、健康だけでなく、表示、産業、国際展開、サステナビリティなど複数の領域にまたがります。しかし行政は所管が分かれていて、健康の話をしようとすると「それは別の省庁の仕事」となりがちです。結果として、研究・教育・社会実装を一体で進めにくい。また、予防は成果が見えにくいぶん、どうしても予算を獲得する上で相対的に優先度が低くなる構造もあります。

だからこそ、政策としては、実際に日本人が実行可能で、全体として健康寿命を延ばす方向に本当に寄与する施策に資源を集中する必要があります。その前提として、国民が判断できる確かなエビデンスを整備し、分かりやすく提供する。そのための研究基盤とデータ整備に、きちんと投資することが必要です。

黒田) 最後の縦割りの話は、政府OBとしてとても耳の痛い話です。Evidence-based Policymakingの推進を標榜するGRPIとして、研究基盤とデータ整備にどのような形で貢献できるか、引き続き考えていきたいと思います。(了)